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今日の法話

仏教には「戒律」(かいりつ)というものがありますね。

真言宗なら「十善戒」(じゅうぜんかい)というものがあります。

そう、お経の時に読んだり、聞いたりしたことがあるかと思います。

分かりやすく言うと、「十個のしない方がよい、いましめ」とでも言いましょうか。

しかし、例えば「不殺生」(ふせっしょう)と1つ目にありますが、

殺生をしてはならないということですが、

まず、生きている以上、絶対に無理です。

食べるという行為自体、殺生の繰り返しですし、

私たちの血液の中には、白血球があります。

この瞬間にも、ばい菌を殺して、食べています。

このような働きがないと、全身にばい菌が繁殖して、私たちは死んでしまいます。

つまり、毎日殺生を繰り返しているのです。

「不偸盗」(ふちゅうとう)盗んではいけない。

海から魚をとる行為は、どうなんでしょうか?漁師さんはどうなりますか?

つまり、戒律は自分自身をしばって、不自由にするものではなく、

「十善戒」であれ、

何一つ、私たち人間は、人間である以上、実行不可能なんですよ。実行不可能であることをまず理解する。そして、

そんな愚かな存在でも、「生かせていただいているんだな」という謙虚な気持ちから、

出発するためのものです。

親鸞聖人は、比叡山で修行している時に、一生懸命修行しても、

何一つ、戒も守れない自分自身に徹底的に悩みぬきました。

そして、比叡山を下りて、法然上人に出会って、目覚めました。

よくわかった、お坊さんは、「戒律を守りましょうね」とか「できるだけ、しないようにしましょうね」とか言いません。

自分が実行していないことを説いても、伝わりません。

「戒律」も実行してみてはじめて、「できない」ことに気づきます。

お釈迦様は「できる」「できない」を評価しませんでした。

「気づく」ことが、大切である。

そのための「実践」が「仏教」だと思います。

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若松勝彦

Author:若松勝彦
僧侶です。とは言ってもそんな格好の良いものではございません。平日は皆さまと一緒でラッシュにもまれながら通勤し労働し、日々悩みながら生活を送り、週末は僧の役目をさせていただいている優婆塞(うばそく)でございます。日々雑感をつづってまいります。何卒、よろしくお願い申し上げます。

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