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そもそも神様、仏様に人間の願いをかなえる義務があるんでしょうかね。

神様や仏様が、そもそも人間の願いをかなえる義務ってあるんかなぁと、

小さいころから疑問に思っていました。

もし、神様や仏様が願掛けやお布施をした人間だけの願いをかなえる存在だったとしたら、

上司や社長におべっかを使う、社員だけが出世するようなもんじゃないのかなぁと。

普段の行いや言動、目下や弱い立場のものには、横柄な態度をとって、

自分より目上の人や得になるような人にはおべんちゃらやヨイショを使っている人を登用する。

これは、世間ではよくある話です。

人の見ている見ていない関係なく、愚直にやっていても、上司にお世辞の一つも言えないような人は、出世できない。

神仏の世界がそれと同じ。そんなはずはない!

そう思っていました。

本当の神仏は、自分とこにお願いに来る来ないは別にして、

陰ひなたなく、人間として正直にまともな言動や行いをする人を黙って見ていて、いざというときに救ってくださる。

そんな大きな存在なんじゃないか。

それが「陰徳あれば陽報あり」ということなんじゃないか。

そう思って私は今もがんばっていますし、それを多くの人に伝えていこうとしています。

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お布施の無いお経

「お布施の無いお経を唱えなさい」

どこに行っても、この言葉を聞かされました。

時間や環境や人が変わっても、同じ言葉を聞かされるのであれば、

守護霊様からの助言である場合が多いです。

私は、在家出身で僧侶にならせて頂きました。

人生の目標を見失っている時に、師匠に救って頂き、僧にまでしていただきました。

それだけでも、ありがたいことであるはずなのに、

段々と欲が出てきて、

生活の為に仕事をしながら、空いた時間で僧をしている自分が、情けなく思うようになっていました。

お寺に生まれ、何にもしないでも、檀家と立派なお寺があり、

他に仕事をしないでも、毎日お寺の仕事だけしているお坊さんを見て、うらやましく思ったこともありました。

仕事で、1年の大半を過ごして悶々としている自分と比べて、余計に情けなく思いました。

そんな時に、出会った何人かの人に言われた言葉が、

「お布施の無いお経を唱えなさい」

お布施をもらって、あげるお経は、相手の為にはなるけれども、自分の功徳にはなっていない。

お布施をもらってしまったら、それでチャラになる。

いかに、人の見ていないところで、真剣に仏さんと向かい合えるかだ。

いかに、人の見ていないところで、お経をあげれるかだ。

そういう意味だと言われました。

確かに、世俗の仕事をすれば、最低限の生活は保障される。

社会保険も厚生年金も心配いらない。

お布施や相談の対価を気にしなくても、相手の為にお経をあげることもできる。

そう考えることが出来るようになりました。

そして、いろんな寺々や神社との関わりを持つ中で、

お寺だけでやっていっている人たちの苦労も知る事ができました。

自分は何て恵まれているんだろうと感謝できるようにもなりました。

もし、人を変え、場所を変え、

同じ内容の事を聞かされたり、見せられたりするならば、

今の自分にとって、大変意味のあるメッセージである場合があります。

素直に耳を傾けましょう。

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楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい。

笑うことの効用は、説明しなくても誰でもが知っています。

昔から「笑う門には福来る」と言います。

身体的にも、キラーT細胞が増加し、免疫がアップすることが知られています。

しかし、笑うことが良いことだとは頭で理解していても、

中々、笑えないのが日常です。

身の回りに、笑えるような楽しいことがない。

楽しいことが無ければ、笑うことが無い。

これでは、何にも変わりません。

発想を180度転換して、

先に笑うことから始めます。

1人笑い?

結構結構。

車やバイクの運転中ならできますよ。

家族のジョークにも大げさに笑うようにしてみてください。

笑う方の表情筋が発達してきます。

えびす顔になってきます。

人間はクセの動物ですから、「笑い癖」をつけてしまえば、しめたものです。

合格の基準は、周囲の人から、

「あなたは悩みが無いのですか?」と言われるようになれば合格です。

もちろん、悩みのない人なんていません。

悩みがあっても、悩みが無いように見られるようになれば、本当に悩みが消えていくものです。

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事故現場に遭遇しました。

先ほど、帰宅途中に悲惨な交通事故現場に遭遇しました。

JR尼崎駅北側でしたが、

私がちょうど赤信号でバイクで停車中に「ドーン!」というものすごい音が鳴り響きました。

私の前に2台ほど乗用車が停車していましたので、ぶつかる瞬間は見ていなかったのですが、「これはだだごとではない!」と直感しました。

見ればレクサスの四駆と原付バイクが衝突し、バイクは大破し、運転していた人が投げ出されていて、ピクリとも動きません。

私の前に止まっていた乗用車は信号が青になり、走り去りました。私はバイクを歩道に止めて、事故現場に駆け付けました。レクサスの運転手はしきりに電話をしていました。徐々に多くの人が、心配そうに集まってきました。

「119番はしましたか?僕がしましょうか?」「警察は?」いろんな言葉が現場で飛び交いました。

原付運転手は意識がなく、全身を骨折している様子で、太ももは本来曲がらない方向に曲がっており、開放骨折も見られ、出血も多量でした。ヘルメットも飛んでおり、頭部も打撲している様子です。とっさに非常に危ない状況だと判断できました。

中年のおばさんが原付運転手に駆け寄って「がんばってね!もうすぐ救急車がくるから」と一生懸命に声掛けしていました。

女子高校生と思われる若い子も一生懸命に「私も警察に電話しましょうか?」と真剣な姿でした。

このような事故のときは目撃者は現場にいて、証言してあげなければなりません。そして救護の手伝いをするべきでしょう。社会や家庭ではそれなりに立派な人たちかもしれませんが、立ち去った人もいる中で、若い女子高生や中年のおばさんやおじいちゃんや商店の人。それにヤンキー風の男の人が子供を抱っこしながら、交通誘導をしてくれていたり。

いざという時に、その人の人間性や仏性が試されるんだなぁと感じました。

そして、このような場面に遭遇した時に大切なことは、「決して他人事ではない」と感じることです。

なぜこのような場面を見なければならなかったのか?と

深く深く追求することが大切です。

どうかどうか助かりますようにとお祈りもうしあげます。

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道元さんはお経も仏像も拝むなって言われてたんですね。

道元(どうげん)さんは、ご存知曹洞宗(そうとうしゅう)の開祖と言われているお坊さんです。

曹洞宗は座禅で有名ですね。

比叡山で修業し、その後中国に渡って、曹洞禅の師について勉強し、そこで「心身脱落」を体験し、座禅こそが、

もっともお釈迦様の教えに近いと確信し、日本に帰って曹洞宗を開かれたわけです。

福井県の永平寺が有名ですね。

道元さんの教えで最も特徴的なものが、「只管打座(しかんだざ)」と言って、座禅のみこそが、仏の修行である。どんな人にも仏様が内にあるのだから、誰でもが仏様の行う座禅をするその姿こそがもうすでに「仏」なのであって、「仏」になるための他の事は一切しなくていいんだということです。

ですから、お経上げたり、仏像のような偶像崇拝は道元さんから言わせると、全て邪道ということになってしまいます。

江戸時代に入って、キリスト教布教対策で「寺請制度」になってから、仕方なく道元さんの後に続く人も、お経をあげるようにならないといけなくなってしまったのですね。「葬式」ではお経をあげないとかっこ悪いですから。

しかし、現代でも道元さんに近いなぁというお坊さんもいます。

小池龍之介さんです。

この方は、元々浄土真宗のお坊さんでしたが、活動が宗旨にそぐわないからといって、破門になって僧籍をはく奪されています。

「出る杭打たれる」で今も昔もこのパターンは変わりませんねぇ。

テレビでこの方のお寺の様子が流されていました。

もちろん、お経もあげないですし、お寺の仏壇の中はっからっぽ。

ひたすら、座禅やらいろんなことをやって、悩める人を救済していました。

この人は本物だなぁと感心したものです。たくさん本も書いていますので、ぜひご一読してみてくださいね。

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プロフィール

若松勝元(勝彦)

Author:若松勝元(勝彦)
真言宗僧侶です。一体本当の宗教はどこ行ったんだ?日々雑感をつづってまいります。

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